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損害賠償において交通事故の被害者だからといって損害全額を補償してもらえるわけではありません。
なぜかというと、被害者側の過失責任も考慮して損害賠償額を算定する際に被害者側の過失割合に応じて損害賠償額を減額する過失相殺(民法722条2項)が行われるからです。
損害額が100万円で被害者側の過失割合が20%であった場合には、100万円×0.2=20万円が減額され、残額の80万円を受け取る事になります。
ただ具体例のように話は単純ではなく過失割合の決定や自賠責保険と任意保険の関係なども考慮しなければならず話は少し複雑になります。
そのため過失相殺について、「過失」の考え方を始め、過失割合の決定方法や過失相殺をする際の自賠責保険・任意保険との関係などについて説明していきたいと思います。
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過失とは
「過失」という単語は新聞やニュースまた日常会話でも時々耳にしますよね。
聞き慣れてはいますがその意味ははっきりとはわからない不思議な単語です。
この「過失」の意味は、注意を怠った場合に損害が発生するとわかっていながら注意を怠った事、簡単にいうと不注意があった事と言えます。
交通事故に関しては、道路交通法に則った運転を怠った場合などに過失があったとされます。
これは被害者となる歩行者や自転車にも言える事です。
交通事故においては、加害者と被害者が存在し双方に過失がある事故がほとんどなのですが、過失相殺の対象となる過失つまり過失責任の意味は加害者と被害者側は同じと考えるのでしょうか?
加害者の過失責任
交通事故の加害者は被害者に対して民法上の不法行為責任(民法709条)を負います。
そのため加害者の過失責任の考え方は不法行為責任能力(民法712条)があったかどうかという事になります。
つまり、交通事故を起こした時にどういった責任になるかを理解できる能力があったかどうかという事になります。
不法行為責任能力はだいたい12歳以上になれば備わっていると考えられており、バイクの免許の取得条件が16歳以上、車は18歳以上であることを考えると加害者は基本的に過失責任を問われる事になります。
過失責任を考える際に問題になるのが信頼の原則です。
これは自動車の運転者は交通ルールを守って走行すればよく、他の歩行者や運転者が交通違反を犯す事まで予測して運転する必要はない事を表した原則です。
例えば自動車を運転している時に青信号を直進する際に一旦停止して左右を何度もしっかり確認する人はいないと思います。
これは赤信号は止まるというルールを他のドライバーや歩行者などが守ってくれるという信頼をして運転しているからですよね。
交通ルールを守ってくれると信頼した上で信号無視などをした人を跳ねてしまったような場合には過失責任は問われない又はかなりの過失減額をする事になります。
被害者側の過失責任
一方、被害者側の過失責任は事理弁識能力(民法7条)があったかどうか、つまり物事や自分の行動の良し悪しを判断できる能力があるかどうかで判断する事になります。
事理弁識能力と不法行為責任能力は識別する内容が違います。
加害者は事理弁識能力が備わっている事が前提で不法行為責任能力を問われる事になり、被害者は事理弁識能力のみを問われる事になります。
よって、被害者は加害者よりも過失責任を問われやすい事になります。
事理弁識能力は小学生になると備わっていると考えられていますが、幼稚園児以下の子供くらいだとまだ車道に飛び出す危険性を判断する事は出来ないだろうと判断されるのが普通です。
ただし、小さい子が1人又は子供達だけで行動する事はまず考えられず、親や先生が付き添っている事が普通ですのでこのような人達をまとめて被害者側と捉え、監督者としての責任を問い、民法714条の監督義務違反の過失を被害者側の過失として考える事になります。
過失相殺を考える上で被害者の過失割合を考慮する事は既にお話ししましたが、上記のように被害者の過失は本人のみではなくその周りの人間の過失も考慮する事になります。
これを「被害者側の過失」と言います。
どういった人が被害者側の人間になるかというと、近しい親族や同居をしている者などは含まれますし、最近の判例では、助手席の窓から身を乗り出し暴走行為をしていた同乗者に関しても被害者側の過失を認めた判例もあり、適用範囲が拡がっています。
過失相殺
過失相殺は冒頭で説明したように、事故の加害者側に全ての損害賠償責任を負わせるのではなく、被害者側にも過失があれば「損害の公平な負担」の見地から被害者側の過失割合に応じて損害賠償額を減額する事を言います。
過失割合・過失相殺は被害者が受けた損害額を減額するという被害者にとっては辛い制度となっています。
ただし、被害者保護の観点から整備されている自賠責保険では過失相殺の制度ではなく重過失減額制度を採用しています。
この制度は被害者の過失割合が70%未満の場合には自賠責保険の支払いに関しては減額を行わないという制度です。
ただこの制度は自賠責保険のみであって自賠責保険の支払い限度額を超えるような事故では、賠償責任のある保険会社は過失相殺を主張し、加害者個人であっても過失相殺の話になってきます。
特に任意保険会社では詳細に過失割合・過失相殺が決められているため損害賠償金額の減額が厳しく行われる事になります。
参考「過失相殺が行われた場合の自賠責保険と任意保険の関係性」
過失相殺で重要になってくるのが過失割合です。
被害者に10%の過失があれば10%損害額が減額され、過失が40%あれば40%減額される事になり死亡事故の場合には10%違うだけで数百万円の違いになります。
この過失割合をどのように決定するのか見ていきましょう。
過失割合
過失割合は民法722条に基づき裁判になった場合には過失相殺について裁判所が自由に決定する事になっています。
しかしこれでは裁判を起すまで過失割合の決定の仕様がなく示談交渉どころではありません。
また裁判においても1件1件の事故の過失割合について裁量しなければならず合理的ではありません。
そのため、昭和41年1月1日に東京地裁の判事が過去の事故の裁判例から事故の状況とその過失割合を体系化した「自動車事故の過失割合の認定基準」が作成されました。
その後道路交通法の改正もあり新たな基準が作成され、現在過失割合を算定するために裁判所・弁護士・任意保険会社が用いている基準は主に以下の3つです。
そのため個人である被害者・加害者も示談交渉の際には以下の算定基準を利用する事になります。
- 民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準-東京三弁護士会交通事故処理委員会作成
- 交通事故損害額算定基準-日弁連交通事故相談センター作成
- 民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準-東京地裁民事第27部(交通部)作成
しかしあくまで過去の事故から定型化された基準であるため自分の事故とまったく同じものがあるとは限りません。
そのため過失割合をどのように判断するかは非常に難しい話となります。
そこで、もう1つの指針として加害者側の刑事責任を調査する事によってある程度の過失割合を判断する事が可能になります。
加害者は民事上の責任の他に刑事上の責任も負い、また示談成立よりも先に刑事責任が言い渡される事がほとんどです。
この刑事責任には大きく分けて正式裁判で懲役禁錮刑または罰金、略式裁判で罰金、不起訴があり、刑事罰と過失はある程度比例した関係にあるため過失割合の予想が可能となるわけです。
以下刑事罰と過失割合の関係についてまとめてみました。
刑事責任 | 加害者の過失割合 |
---|---|
正式裁判 | 70%~100% |
略式裁判 | 40%~60% |
不起訴 | 0%~20% |
そのため示談交渉の際に相手に刑事責任はどのようになったかをうまく聞き出す事で過失割合の目安を付ける事ができます。
参考「交通事故の刑事責任-道交法や過失運転致死傷罪について」
過失相殺の具体的方法
裁判上過失相殺を適用するかどうか、またどのように適用するかは裁判官の裁量に任されていますが、適用する場合には3種類の過失相殺の方法があります。
- 1.全損害額に過失相殺を適用
- 2.消極損害と慰謝料に対して過失相殺を適用
- 3.慰謝料にのみ過失相殺を適用
例えば、過失割合が30%の被害者の積極損害(治療費など)が100万円、消極損害(休業損害や逸失利益など)が200万円、慰謝料が80万円で全損害額が380万円であった場合で考えます。
1の方法では380万円×(1-0.3)=266万円
2の方法では100万円+(200万円+80万円)×(1-0.3)=296万円
3の方法では100万円+200万円+80万円×(1-0.3)=356万円
がそれぞれ賠償額となります。
任意保険会社は示談交渉では賠償金額が一番低くなる1の全損害額に過失相殺を適用する事が多いようです。
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